路線変更のいきさつ
日本国内で世界遺産への関心が高まり始めた1990年代、富士山もその候補地として検討されました。 しかし当時は、山頂付近のゴミ問題や、し尿処理、山小屋・観光開発による景観への影響などが大きな 課題とされ、自然環境の保全状態を厳しく問われる「世界自然遺産」としての登録は現実的でないと 判断されました。
そこで日本は方針を転換し、火山としての自然そのものではなく、古来から山岳信仰の対象とされ、 葛飾北斎の浮世絵をはじめとする数々の芸術作品の源泉となってきたという文化的価値に焦点を当てた 「世界文化遺産」として推薦し直します。この方針転換が功を奏し、2013年、富士山は正式に世界文化 遺産として登録されました。登録名は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」です。
25の構成資産
富士山の世界文化遺産としての登録範囲は、山体だけにとどまりません。富士五湖、白糸の滝、忍野八海、 人穴富士講遺跡、御師住宅、浅間神社群など、山岳信仰と芸術の源泉としての価値を裏づける、あわせて 25件の構成資産が一体として登録されています。
45kmの逆転劇
登録決定の直前、2013年4月末、世界遺産の審査を行う諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)は、 構成資産の一つ「三保松原(みほのまつばら)」を登録範囲から除外するよう勧告しました。理由は、 富士山の山体から約45キロメートルも離れていることに加え、海岸に設置された消波堤(テトラポッドの ような構造物)が景観にふさわしくない、というものでした。
これを受けて地元の静岡市は、市民やJリーグの清水エスパルスの選手なども参加した大規模な清掃活動を 展開し、世界遺産委員会の委員国への働きかけも重ねました。同年6月の世界遺産委員会本会議では、 ドイツ代表が三保松原の景観を高く評価する発言をしたのをきっかけに、ロシア、セネガル、マレーシア など複数の国が賛成を表明。最終的に除外勧告は覆され、三保松原は「富士山」の一部として正式に 世界文化遺産に登録されることになりました。
今も続く課題
世界遺産登録によって富士山の知名度と登山者数はさらに高まりましたが、その一方でオーバーツーリズム や環境負荷の増大という新たな課題も浮上しています。静岡・山梨両県は、任意または一部強制の 「入山協力金」を導入し、近年では登山者数の上限規制や、夜間通行止め(弾丸登山対策)なども 実施・議論されるようになりました。世界遺産の看板は、富士山にとって栄誉であると同時に、 新しい重荷にもなっているといえます。
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「誰の山なのか」という素朴な疑問に、富士山は今も明確な答えを出し続けています。次のページでは、 そうした都市伝説・怪異の数々を紹介します。
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