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07 — 異聞

山頂に、
住所は存在しない。

国民的な山でありながら、富士山にはいまだに解決していない「所有者は誰か」という現役の法律問題や、 住所すら登記されていない山頂という不思議、千円札に隠されたピラミッド説まで、驚くほど濃い 「異聞」がそろっています。ここでは、公式に確認できる事実と、あくまで噂として語られている 言い伝えを、はっきり分けて紹介します。

噂と史実のあいだを、確かめながら歩く

現役の法律問題・その1

「富士山の8合目より上は、神社の私有地」——都市伝説ではなく事実。

「富士山8合目より上は個人(法人)の所有地」という話は、あまりに大胆に聞こえるため都市伝説として 語られることも多いのですが、これは実際に最高裁判所が確定させた法的事実です。江戸時代、時の 幕府(徳川家)は富士山頂の一帯を、麓に鎮座する富士山本宮浅間大社に寄進したと伝えられています。 明治の近代化や戦後の国有地整理を経ても、この土地の帰属をめぐる問題は解決せず、長く未登記のまま 放置されていました。

1970年代以降、国と浅間大社の間で山頂付近の土地の帰属をめぐる裁判が続けられ、17年におよぶ係争の 末、2004年に最高裁判所は「富士山頂は浅間大社の宗教活動に必要な土地」として、1・2審に続き神社 側の所有権を認める判決を下しました。つまり現在も法律上、富士山8合目より上の広い範囲は、富士山 本宮浅間大社が所有する私有地なのです。

だから「登山税」の議論も複雑になる: 静岡県・山梨県が検討してきた入山協力金や いわゆる「登山税」構想は、この土地所有の構造とも密接に関わっています。公有地ではない私有地の 扱いをどうするかという論点が、行政と神社の間で今も調整され続けています。

現役の法律問題・その2

山頂には、県境も住所もない。

さらに意外なことに、富士山の8合目より上のエリアには、静岡県と山梨県のどちらに属するかを定める 正式な県境線が、実は引かれていません。両県は古くからこの境界確定について合意に至っておらず、 山頂一帯は行政区画上「どちらの県のものでもない」という、宙に浮いた状態が続いています。

同じ理由から、富士山頂には正式な住所・地番も存在しません。土地の所在を示す「地番」が未確定な ため、山頂に建つ旧富士山測候所などの施設も、厳密には住所を持たない建物ということになります。 これほど有名な国民的シンボルの頂上に、住所も県境もない――このギャップこそが、富士山にまつわる 数ある話の中でも、特に「玄人受け」する事実の一つといえるでしょう。

ネット発の都市伝説

「富士山はピラミッドだった」——千円札に隠された図案説。

1980年代以降、一部の在野研究者やオカルト系の書籍・サイトを中心に語られてきたのが「富士山 ピラミッド説」です。「富士山は自然の山ではなく、古代の超文明が築いた人工の巨大ピラミッドである」 「富士山麓には『高天原(たかまがはら)』と呼ばれる、日本神話の舞台となった古代文明の遺跡が 眠っている」といった主張がその代表例です。旧千円札の裏面に富士山と本栖湖が描かれていることを 指して「紙幣にまで秘密が隠されている」と結びつける語られ方も見られます。

学術的な裏づけはありません: 富士山ピラミッド説や高天原伝説は、考古学的な発掘 調査や地質学の知見によって裏づけられたものではなく、学術的には認められていない在野の仮説・ 都市伝説として位置づけられています。ただし、こうした説が長年にわたり本や動画コンテンツで 語り継がれてきたこと自体が、富士山という山の持つ神秘性の強さを物語っているともいえます。

超常現象ではなく、気象現象

「赤富士」と「ダイヤモンド富士」——写真好きが本当に狙うもの。

葛飾北斎の代表作「凱風快晴(がいふうかいせい)」、通称「赤富士」で広く知られるようになったのが、 夏から秋にかけての早朝、山肌が朝日を浴びて赤褐色に染まる「赤富士」という現象です。これは 超常現象ではなく、山肌に積雪がなく地肌が露出している時期に、太陽高度の低い時間帯の光が特定の 角度で当たることで起きる、条件のそろった気象・光学現象です。見られる時期や時間帯が限られるため、 写真愛好家の間では「今日は赤富士が期待できる」と条件を読んで山麓に集まる、玄人向けの撮影対象に なっています。

同じく写真愛好家に人気なのが「ダイヤモンド富士」です。富士山頂と太陽(日の出または日没)が 重なり、山頂がダイヤモンドのように輝いて見える現象で、観測できる場所と日付・時刻が天文計算に よってかなり正確に予測できるため、事前に場所を調べて集まる撮影スポット巡りの対象になっています。 月と山頂が重なる「パール富士」もあわせて、天体現象と地形が生む一期一会の光景です。

洞窟にまつわる言い伝え

人穴——「祟り」と語られてきた、聖地の裏の顔。

「溶岩洞窟」のページで紹介した通り、人穴は富士講の開祖・角行が修行した聖地として世界遺産にも 登録されています。その一方で地元では古くから、洞内で不用意な振る舞いをすると祟りに遭う、 あるいは洞窟の奥は別世界に通じているといった、畏怖に基づく言い伝えも語り継がれてきました。 江戸時代の記録には、人穴に入った武士の従者が行方不明になったという逸話も残っており、洞窟が 単なる観光地ではなく「畏れる対象」でもあったことがうかがえます。

信仰と怪異は表裏一体: こうした祟りの言い伝えは、人穴が単なる自然の洞窟では なく、修行者たちが命がけで向き合った神聖な場所であったことの裏返しとも解釈できます。史実として 検証されたものではなく、あくまで地元に伝わる言い伝えとしてお楽しみください。

次に読むなら

噂の主役たちは、実在の人物でもある。

入定した行者、男装して登った女性、外国人として初めて頂上に立った外交官。富士山にまつわる 驚くべき人物たちの実像を、次のページでたどります。

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